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17/11/2007 小沢代表:政治判断、今でも正しい**
※- 小沢代表 ・「 政治判断、今でも正しいと 」 ( 朝日新聞 )
自ら 「 プッツンした 」と語った辞意撤回騒動から1週間。
民主党の小沢代表が15日、朝日新聞の単独インタビューに応じ、福田首相との会談をめぐる一連の経緯や、新たな政権戦略を語った。
「選挙で勝てる最大の方策で、自分の政治判断は今でも正しいと思っている。
だが、みんなが望まないのだから捨てる以外ない」(大連立協議) 「渡辺(恒雄・読売グループ本社会長)さんまでは張本人だからいい」
(党首会談を持ちかけてきた相手について) 「連立が最優先課題だった。特措法さえ連立なら譲っても構わない、憲法解釈、国際貢献の基本原則も180度転換しても構わない、そこまで言い切った」
(党首会談での首相の言動) 「自民党は進退窮まっている。
民主党の目玉政策を実現できれば選挙に絶対有利だ」(大連立の利点) 、また、小沢氏離党説は - 「ばかばかしい」。
**
≪ 渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長が会談を持ちかけたのは、安倍政権のころか ≫
だったと思うけれど。8月末か9月初めか。
≪ 首相の代理人(森元首相)とは、どういう経緯で会ったのか ≫
(渡辺氏には)「民主党はそういう状況じゃない」と。「お国のため」と言っても(党内は)選挙に勝てる気でいる。
それと「与党が政権運営がどうしようもなくなって考える話だ」と言って、しばらく何もなかった。
直前に「会ってくれ」というから会った。僕は「内々に会うのはいやだ。総理のお話なら断ることはしない」と答えた。
≪ 連の過程で斎藤次郎・元大蔵事務次官が仲立ちした説もある ≫
いや、そんなことは言っちゃいけない。渡辺さんまでは張本人だからいい。だが、あとは信義として言っちゃいけない。
≪ 菅直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長と事前に相談しなかったか ≫
誰にもしていない。渡辺さんの話だけで相談するのは変でしょう。
≪ 党首会談で解散時期を話し合ったか ≫
全然ない。
≪ 民主党が首相をとる可能性はあったか ≫
それはないさ。彼は首相でいたいんだから。首相が連立の話を出してきた時に「おかしい。私は参院で首相指名を受けた。本当は首相指名の前に話をしなければならない」と言ったんだ。
≪ 具体的な閣僚ポストの割り振りは話し合ったか ≫
違う違う。連立というのは政策と人事だ。だから、人事だって「きちんと割り振る」と首相も言った。連立だから当たり前でしょ。だけど、何にしてもまずは政策協議だと。
≪ 大連立の狙いは ≫
首相は連立なら特措法さえも譲って構わない、憲法解釈も180度転換しても構わないと、そこまで言い切った。
農業政策、年金、子育て、高速道路無料化など、我々の目玉政策ものむかもしれない。画期的なものが民主党の主張で実現できれば、選挙に絶対有利だ。
だが、みんなどうせ実現できないと思っていて民主党議員でさえそんな気がある。それは権力を知らないからだ。僕は権力をとれば簡単にできることを知っている。
≪ 中選挙区制に戻す話はなかったか ≫
論外だ。そんなことは出ない。小選挙区制だから、政治にケリがつけられる。中選挙区制だったらぐちゃぐちゃで意味不明になる。あくまで選挙で戦って民主党が勝つためにどうするかを考えていた。
≪ 首相の申し出を受けた民主党役員会はまとまると考えたのか ≫
政策協議に入るぐらいいいじゃないかと言ったが、ダメだとなった。
≪ 小沢氏が参院議員を連れて離党するとの話が出回った ≫
ばかじゃないか。そういうばかげたことを言う人が党内の一部にいるから、いやになった。民主党で政権とるためにどうしたらいいかだけを一生懸命考えているのに。そんなことする気なら最初から自民党を出ないよ。
≪ 山田洋行について小沢氏への献金や、航空自衛隊出身の田村秀昭元参院議員との関係を指摘する報道もある ≫
何の関係もない。(事務所の政治資金)担当者を何代さかのぼってもわからない。「何で献金があったんだ。知っているのか」と言ったら「知らない」と。もう全部返した。
パーティーかどっかで会ったのかも知らないが、全然知らない。わけがわからん。
≪ 一連の経過の総括と今後の政権戦略は ≫
政治判断は今でも正しいと思っている。選挙で勝てる最大の方策だ。だが、みんながそれを望まないというんだから、その方法は捨てる以外ない。残念だけど。もう選挙で勝つ以外ないさ。特別なことは何もない。
≪ 次の総選挙目標を「衆院第1党」としたが、単独過半数に届かない場合どうするのか ≫
野党で過半数でいい。共産党を入れるわけにはいかないが、きわどい状況なら、首相指名で共産党はどうするのか。自民党に入れるのか、どっちに入れるんだとなる。
≪ 自民党と組む選択肢はないのか ≫
こっちが過半数取っているのに自民党と組むことはない。最低でも野党連立までいきたい。
≪ 衆院解散・総選挙は来春が天王山か ≫
わからない。補給支援特措法次第じゃないか。特措法ができずに選挙をしたらまた特措法成立まで2カ月遅れる。
特措法ができなければ、その次の臨時国会までできないことになる。 たぶん、首相は米国に行って、どうしても通したいということになるんじゃないの。特措法がどうなるかが一つの大きな要素になるだろう。
≪ 衆院3分の2議席で再可決する正当性をどう考えるか ≫
いいさ、使えるなら使ったって。憲法で認められているんだから。けれども、それはそう簡単な話じゃないね。
≪ 首相問責決議案は法的には解散に直結しないが、政治責任は伴う ≫
まだ考えていない。参院にきたばっかりだ。心配ない。見ていればわかるよ。フフフ……。
≪ 衆参ねじれ国会で対立を打開するルールをどう考えるか ≫
選挙する以外ない。衆参で勢力が違っている時の政策協議は、連立協議と同じようなものなんだ。連立を否定している限りは、基本的な問題の政策協議はできない。
ケリつくまでやりましょうと、デスマッチみたいなものだ。国民生活に直結するもの、薬害や災害のような人道的な問題はやるが、基本的に考え方の違うものはどうしようもない。国民が選ばなきゃいけない。
≪ 総選挙の争点設定は生活重視か。特措法や安保問題は ≫
(安全保障には)国民は関心がない。それは政治家や政党の責任、見識できちっとした政治をやればいい。
国民は生活の話だ。国民生活を、どちらの政党がちゃんとみてくれるのか。生活上の心配はみんな大変だ。
選挙の時は、どんな時でもちゃんと生活を安定させていきますよと訴えるのが一番だ。生活できるようにするのが政治じゃないかと、国民はみんな思っている。
≪ あとは選挙に全力投球か ≫
少しゆっくりしてからだ。かなりいい状況ではある。運動量で自民党に負けないようにすれば勝つ。自民党の半分でもやれって言うんだ。絶対勝つよ。ほんとにもうイライラする。
≪ 国際治安支援部隊(ISAF)への参加が可能とした考え方は党内に十分浸透したか ≫
何にでも参加すると言っているんじゃない。その時の政府が吟味して、どの分野にどれだけ参加するかを決める。
国連活動に参加することはマニフェストで国民に約束したことだから、これから論議する話ではない。何でそんな単純な議論がわからないのか不思議でしょうがない。
≪ 社民党は反対だ。選挙協力に響かないか ≫
反対でいい。反対だけれど、それ以上に自民党政権を倒さなきゃいけないなら、それでいい。
そういう割り切りが日本人は不得手だが、ドイツの連立だって全部一致しているわけじゃないでしょう。 他の政策が多少違ったって協力すればいい。
政権取った時に一緒に連立を組むかは別だ。選挙協力は何もおかしくない。共産党とだっておかしくないが、政権に入れるかというと別問題だ。
≪ 日米関係を心配する向きがある ≫
何の心配もない。ブッシュ大統領なんて米国民に支持されていないんだから、何で気兼ねするんだ。いま米国内でもブッシュ大統領の政策は批判の的だ。
≪ 党首会談では恒久法で合意したのか ≫
そんなことはない。原則がはっきりしなければ、法律もつくれない。「自衛隊派遣、安全保障については憲法解釈がクリアにならなければ、連立もへちまもない。特措法には応じられない。あなたが土下座して頼んだって無理だ」と言った。
(2回目の会談が)中断したのは「無原則な自衛隊派遣はダメだ」と言うと、首相は「私もそう思う」。「一人では決められない」と言うので、「法制局になんか聞いたってダメだ」と言ったら、「法制局じゃない」と。基本原則があいまいでは基本法をつくりようがない。
≪ 総選挙前に恒久法制定に向けた政策協議を自民党と行う可能性はないのか ≫
ないない。
≪ 政権を取れば制定を考えるのか ≫
憲法に逐条として出ていない部分について、自衛隊派遣のきちんとした原則を明記して憲法を補完する基本法が必要だ。
そうしないと憲法を改正するまで憲法問題が続いちゃう。選挙で多数取れば、基本法を進めたほうがいい
*-*
09/11/2007 小沢一郎の公開書簡** ※- 小沢一郎の公開書簡 ( 小沢一郎 HPから )
今こそ国際安全保障の原則確立を 川端清隆氏 へ の手紙 国連本部政治局政務官 川端清隆様 貴方も多くの日本人も、現実問題として最終的にどちらを取るのかという議論の中で、日米同盟は何としても維持しないといけない、という結論を導き出しています。 しかし私は、国連中心主義と日米同盟は全く矛盾しない、むしろそれを両立させることによって日本の安全が保障されると主張しています。 現実に、米国はもはや、一国で世界の平和維持、すなわち国際社会の警察官の役割を果たすことが不可能になっています。 今日のアフガニスタンやイラクの実態は、その結果にほかなりません。米国のブッシュ大統領は、「これは米国の戦争、自衛戦争だ。 したがって国連の決議はいらない」と啖呵を切ってアフガン戦争を始めました。 しかし実際には、当然ながら、米国単独では治められず、国際社会に助けを求めているのが現実ではないでしょうか。 結局、日本国憲法の理念の通り、それはとりもなおさず国連憲章の理念の通り、世界の平和は国際社会みんなで力を合わせて守っていく以外に、論理的にも現実的にも他に方法がありません。 今日の国際社会の混迷はそのことを、明確に示していると思います。 湾岸戦争のような侵略の排除であれ、テロリズムとの戦いであれ、同じことです。 ところが、米国は自分自身の孤立主義と過度の自負心が常に、国連はじめ国際社会の調和を乱していることに気が付いていません。 本当に日本が米国の同盟国であるなら(その他の同盟諸国も同じですが)、米国にきちんと国際社会の重要な一員として振る舞うよう忠告すべきです。 そのためには、日本自身が世界の平和を守るために率先してあらゆる努力をし、平和維持の責任をシェアする覚悟が不可欠です。 私はずっと以前から、そのことを機会のあるたびに国民に言い続けてきました。 特に湾岸戦争では、私はそれを強く主張しました。 しかし、当時、自民党幹事長だった私も、一人の少数派に過ぎませんでした。 今も日本では、あるいは日本人がそれだけの自覚と時代認識を持っているかと言えば、全く不十分のままだと思います。 いずれにしろ、俗に言う国連中心主義か日米同盟かという問題は、国際社会の平和維持に対する日本人自身の覚悟次第で解消できることです。 また、それを両立させることが、本来あるべき日米同盟関係を築き上げることになると、私は確信しています。 我が国では戦後ずっと、日本国憲法の解釈、特に第9条の解釈について、いろいろな意見があり、それが安全保障政策の最大の問題になってきました。 今なおそうです。したがって、最初に私の憲法解釈を軸に申し上げ、貴方の言う私の発言の「問題点」に即して順次見解を申し上げます。 我が国はかつて、何度もテロに屈して、死刑囚を含む犯罪人の釈放と身代金の支払いに応じたことがあるのです。 日本赤軍による日航機ハイジャック事件は、貴方もご記憶しているでしょう。 世界中で、そのように屈服した国は他にありません。それだけに日本人は、決然としてテロと戦う決意と態度を持たなければなりません。 しかしそれは、無原則に我が国の軍隊を海外へ派兵することではありません。 言うまでもなく、日本国憲法第9条は国権の発動たる武力の行使を禁じています。 国際紛争を解決する手段として、自衛権の発動、つまり武力の行使は許されないということです。 したがって我々は、自衛権の行使(武力の行使)は我が国が直接攻撃を受けた場合、あるいは我が国周辺の事態で放置すれば日本が攻撃を受ける恐れがあるという場合に限定される、と解釈しています。 しかし、一方において日本国憲法は、世界の平和を希求し、国際社会で名誉ある地位を占めたいと、平和原則を高らかに謳っています。 そのためには、国連を中心とした平和活動に積極的に参加しなければなりません。それが憲法の理念に適うものだ、と私は考えています。 ここからちょっと憲法論に入ります。 自民党政府(内閣法制局)は今も、国連の活動も日本の集団的自衛権の行使に当たると解釈し、したがって国連憲章第7章第42条に基づく武力の行使(PKO、国連の認める多国籍軍等を含む)に参加することは憲法第9条に違反する、という解釈を続けています。 では、それならなぜ、アフガンで「不朽の自由作戦」を主導する米軍を自衛隊が支援できるのでしょうか? 集団的自衛権の行使を、ほぼ無制限に認めない限り、日本が支援できるはずがないのです。 実際、カナダ、オーストラリアなどもその作戦に参加していますけれども、日本以外の参加国はほとんど集団的自衛権の行使として米軍に協力しています。 ところが、日本政府は今も、集団的自衛権の行使は憲法上できないと主張しています。 貴方も思い起こして下さい。湾岸戦争の時、自民党幹事長だった私は、戦闘部隊を送る必要はないけれども、せめて後方の野戦病院や、あるいは補給艦による物資の輸送などはできるではないか、と強く主張しましたが、内閣法制局も各省の当局者も反対しました。 その時の憲法解釈は、国連活動の後方支援であっても、武力の行使と一体のものだ、だから、それに参加することは憲法第9条に抵触する、という論理でした。 後方支援すなわち兵站線こそ、戦争の行方を決する最大の要素であり、その意味で後方支援は武力の行使と一体だというのは、正しい認識です。 しかしそれなら、いま、国連活動でもない米軍等の活動に対して補給すなわち後方支援をやっていることについて、内閣法制局はどんな詭弁を弄しているのか。 アフガンについても、イラクについても同様です。後方支援は武力の行使ではない、戦争するわけではないから問題はない、と自民党政府は言う。 正に、子どもにも通用しない詭弁を弄して、現実に海外派兵を行っているのです。こんないい加減な国が他にあるでしょうか。 同時に、国連の活動に積極的に参加することは、たとえそれが結果的に武力の行使を含むものであっても、何ら憲法に抵触しない、むしろ憲法の理念に合致するという考えに立っています。 分かりやすく説明します。自衛権は正当防衛と言い換えられます。 確か、英語ではどちらも広くセルフ・デイフェンスと言うと思います。 例えば、お巡りさんは自分自身の正当防衛権(国家では自衛権)に基づいて、銃器を所持し、強制力を行使し、必要な時は武力を使うことが許されているのでしょうか。 そうではありません。それはあくまでも、社会の役割として警察官に与えられた権能であって、警察官個人の正当防衛ではありません。 また例えば、たとえ自分の目の前で殺人が行われても、一般国民はその犯人を殺してはなりません。 それはリンチにほかならず、絶対に許されないことです。 そのことを国際社会に当てはめて考えてみると、よく分かります。 国際社会で合意を得ないまま勝手に武力を行使するのは、リンチでしかありません。 それを認めたら、国際社会の秩序と平和を保つことはできません。 つまり、個々の国家が行使する自衛権と、国際社会全体で平和、治安を守るための国連の活動とは、全く異質のものであり、次元が異なるのです。 国連の平和活動は国家の主権である自衛権を超えたものです。 したがって、国連の平和活動は、たとえそれが武力の行使を含むものであっても、日本国憲法に抵触しない、というのが私の憲法解釈です。 ちなみに、そのことについて、明確に述べている憲法学者がいます。横田喜三郎さんという東大教授で、のちに最高裁判所長官を務めた方です。 横田さんの著書をお読みいただけば、より明確に理解していただけると思います。 国連の決議でオーソライズされた国連の平和活動に日本が参加することは、ISAFであれ何であれ、何ら憲法に抵触しないと言っているのです。 もちろん、具体的にどんな分野にどんな形でどれだけ参加するかは、その時の政府が政治判断をして決めることです。 しかし、日本政府はこれまで、全て日本国憲法を盾に国連活動への参加を拒否してきました。 私は、まずその姿勢を改めるべきだと、繰り返し主張しているのです。 また、貴方は「集団的自衛権の解釈や海外での武器の使用について、法的な整備が整っていない」と記述しています。 しかし、そのようなことを私の問題点として指摘されるのは、はなはだ理解に苦しみます。 武器の使用も、世界の常識に従うだけのことであり、特に法律制定の問題ではないと思います。 加えて貴方は、「民主党内でも意見がまとまっておらず」と書いていますが、これまた民主党の名誉にかけて強く申し上げておきたい。 貴方は海外にいらっしゃるから、民主党の政策論議の結論をご存知ないのかもしれませんが、昨年末まで2ヵ月余の党内論議の末、先ほど私が述べたような方針(「政権政策の基本方針」第三章)を決定しています。このことは正しく認識しておいていただきたいと思います。 実際上は、出入国管理や金融管理から始まっていることであり、あらゆる場面でテロに毅然とした態度をとり続けることが戦いの要諦です。 もちろん、今日のアフガンについては、私が政権を取って外交・安保政策を決定する立場になれば、ISAFへの参加を実現したいと思っています。 また、スーダン(ダルフール)については、パン・ギムン国連事務総長がかつてない最大規模のPKO部隊を派遣したいと言っていますが、PKOは完全な形での国連活動ですから、当然、それにも参加すべきだと考えています。 なお、この九月一九日採択されたISAFの任務を延長するための国連決議の前文に、日本政府の働きかけにより、「不朽の自由作戦」への各国の貢献に対する「謝意」が盛り込まれたことについて、政府・与党は「自衛隊の活動が国連のお墨付を得た」と喧伝していますが、不誠実にすぎます。 海上自衛隊の活動はあくまでも、米国の自衛権発動を支援するものであり、国連の枠組みでの行動ではありません。 今回の決議もとうてい、自衛隊派遣の根拠とはなり得ないものです。 我々は米軍活動という枠組みから離れ、ISAFのような明白な国連活動に参加しようと言っているのです。 第三の指摘は、国際社会の同意に基づく国連の活動に積極的に参加すると、「表面上は安保理決議によって認可された多国籍軍である占領部隊への、イラク特措法に基づく自衛隊の協力は問題がないということになってしまう」とのことですが、それは二重の意味で間違いです。 まず、イラク特措法の根拠とされている国連決議一四三号(二〇〇三年五月採択)は、米英主導の治安維持を認めただけであり、多国籍軍の設置をオーソライズしたものでありません。 次に、前述したように、私の主張は、国連の決議に基づいて参加する活動は日本国憲法に抵触しないということですが、合憲なら何でもやるということではありません。 国連の決議があっても、実際に日本がその活動に参加するかしないか、あるいはどの分野にどれだけ参加するかは、その時の政府が総合的に政治判断することです。それは政治のイロハです。 イラク戦争は、米英軍の攻撃によって行われました。国連においては、同盟国であるはずのフランスも反対し、ロシアも反対し、中国も反対した。それにもかかわらず米英の単独行動として始まったのがイラク戦争です。 しかも、戦争の最大の理由だったイラクの大量破壊兵器の保有は事実でなかったことが明白になり、米英両国もそれを認めざるを得なくなるに至り、イラク戦争は大義そのものがなくなってしまいました。 さらに、その後の占領政策の失敗の結果、イラクの社会は混乱を極めています。 だから、米国は自分で勝手に戦争を始めておきながら、国際社会に協力を求めざるを得なくなったのではないでしょうか。 イラク復興に関する一連の国連決議は、そういう経緯で採択されたにすぎません。 仮に、あとになってから出された国連決議で形式は整ったとしても、政治の判断としては、それに自衛隊を派兵することには賛成できません。 米国内においても国民の多数がイラク戦争に反対していることは、貴方も米国にいてお分かりだと思います。 繰り返しますが、日本の国際社会への貢献、特に侵略あるいはテロに対する強制力の行使について、日本はこれまで、憲法を盾にとって一貫して消極姿勢をとってきました。 私は、それは大きな過ちだと考えています。しかし同時に、日本国憲法の理念と第9条の考え方は、変える必要がない、むしろ忠実に実現すべきだと思っています。 したがって、憲法の理念に従って、あらゆる分野で国際貢献を積極的にしていかなければならない、というのが私の結論です。 貧困を一つ一つ克服し、人々の生活を安定させることが、何よりも大事なことなのです。 日本国内で「ペシャワールの会」をつくり、年間約3億円の基金を集めて、アフガンで現実に働いている中村哲さんというお医者さんからお話を伺う機会がありました。 医師ですから医療活動をしているのだろうと思っていたら、「いや、医療より前に、まず食うことです」というお答えでした。 自分で井戸を千何百ヵ所か掘ったそうです。 アフガンは本来、食料自給率が90%以上で、自給自足で生活していましたが、戦争と大干ばつで自給率が40%以下に下がり、医者にかかるより先に、まず食べなければ死にそうだという悲惨な状況にある。 だから中村さんも、医療の仕事より、井戸を掘ったり灌漑用水を造ったりするのに一生懸命だそうです。 我々は先の参議院選挙で、「政治とは生活である」「国民の生活が第一」と主張しました。 政治の使命、役割は結局、「民のかまど」を豊かにすることに尽きます。仁徳天皇は、民のかまどから煙が立っていないのを見て、民の困窮を悟って税を免除したと伝えられています。 皇居は朽ち果て、修理する費用もなくなりましたが、国中の家々から煮炊きの煙が再び上がるようになって、仁徳天皇は「私は豊かになった」と語られました。 「天皇の位は、そもそも人々のために作られたもの」という仁徳天皇の言葉にこそ、政治の本質が示されていると、私は思います。 現代社会はもちろん、仁徳天皇の時代とは比べものにならないくらい複雑になっています。 しかし、政治がまず一生懸命に考えなければならないことは、昔も今も、「どうやってみんなが豊かに、幸せに、そして安全に暮らせるようにするか」ということだと思います。 どんなに困難であっても、どんなに時間がかかろうとも、貧困を克服し、生活を安定させることこそが、テロとの戦いの最も有効な方法であると、私は確信しています。 銃剣をもって人を治めることはできません。それが歴史の教訓であり、幾多の戦争の果てにたどり着いた人類の知恵なのです。 民主党 代表 小沢 一郎 2007年 9月23日 民主党代表 小沢一郎 *-*
05/11/2007 政治は国民のために**
※- 小沢一郎の政治哲学は深い
5日の役員会で取り扱い協議 [4日 ロイター]
小沢一郎民主党代表は4日午後、緊急の記者会見を開き、鳩山由紀夫幹事長に辞職願いを提出し、進退を委ねたと述べた。
その理由として小沢代表は、福田康夫首相との党首会談やその後の展開で政治的な混乱が生じたことに対するけじめを付けるためと説明。 合わせて政策の実現のために連立を組むことが得策と判断したが、役員会で支持を得られず、不信任されたことと同じであると受け止めたと語った。 また、党首会談で話された中身に関連して中傷報道が多い、と発言。代表に留まると党にとってマイナスだと判断した、と述べた。民主党は5日、緊急役員会を開いて辞職願の取り扱いを決める。 <離党するとは言っていない> 鳩山幹事長は4日夜、記者団に対し「慰留に努める」と述べたが、同党内には小沢代表が会見で明確に辞任の意向を表明しており、辞意は固いとの見方もある。 また、一部には、小沢氏が民主党を離党して、民主党が分裂する可能性もあるとの観測も出ているが、この日の会見で小沢代表は、離党するかとの質問に対し「離党するとは言っていない」と述べ、離党しない意向を明確にし「今後の政治活動のことは、ゆっくり考える」と語った。 さらに「一議員になっても、次の選挙に全力投球することに変わりない」と述べた。 小沢代表は会見の冒頭で、2日に行われた福田康夫首相との党首会談において、福田首相から要請があった連立政権樹立をめぐって政治的混乱が生じたことのけじめをつけるため、4日に鳩山幹事長に党代表の辞職願いを提出したと語った。 <連立実現なら給油新法成立にこだわらず、小沢氏が首相発言を紹介> 民主党は2日夜の役員会で、小沢代表が党首会談から持ち帰った連立の要請を拒否したが、小沢代表によると、党首会談で福田首相は、安全保障政策について、 (1)・国際平和協力に関する自衛隊の海外派遣は、国連安全保障理事会もしくは国連総会の決議によって設立、認められた国連の活動に限る (2)・新テロ特措法案(給油新法)は、連立が実現するならば成立にこだわらない--ことを確約した。 これについて小沢代表は「日本のこれまでの無原則の安保政策を根本から転換し、国際平和協力の原則を確立するもの」と評価した上で、「それだけでも政策協議を開始するに値すると判断した」と語った。 <連立で政権実績、民主党政権への早道と判断> さらに小沢代表は、衆院で圧倒的多数を占める自民党と連立することで、先の参院選において国民に約束した政策を実行することが可能になるとの考えを示すとともに、政権の一翼を担って政権運営の実績を示すことが、民主党政権を実現する近道と判断したと次のように述べた。 「政権への参加は、悲願である政権交代可能な二大政党制の定着と矛盾しない。むしろ民主党政権実現を早めることで、その定着を実現できる」 と力説した。 ただ、こうした小沢代表の主張が党首会談後の役員会で退けられ、「私が代表として選任した役員から不信任を得たに等しい」ことが辞任の理由と説明。 最後に小沢代表は、党首会談をめぐる一連の報道の中で、今回の連立政権構想を小沢代表が主導したなどとの論調があることについて「全くの事実無根」と強く否定。 報道機関に対して「私を政治的に抹殺し、民主党のイメージを決定的にダウンさせることを意図した誹謗中傷であり、強い憤りを感じる」と非難した。 参院選で民主党を大勝利に導いた小沢代表の辞任表明で、民主党内が混乱した状況になるのは必至とみられる。 当面、民主党執行部は小沢氏の慰留に努めるとみられるが、小沢氏が辞任の意思を撤回しない場合、後継代表を選出することになるが、国会開会中という制約の中でどのような展開になるのか全く不透明な情勢となっている。 さらに焦点となっている給油新法への対応や、この先の国会運営に関する方針がどうなるのかといった点もわからなくなってきた。 小沢代表は4日の会見の中で、大連立の話を含め、政策の実現のために民主党の執行部は今後、どのようにしていくのかと質問され「それは私が話をすることではない」と述べた ** 私見では有りますが - - 民主党はもっと考えるべきだと思う。 ねじれ国会の中で参議院から法案を出しても通らない事は分かり切っている。 国民生活のために今、取るべき最良の手段とは何か、まさに、小沢一郎氏の政治哲学がここにある。 連立政権構想といっても部分的なものに成る事は分かっている。次の衆議院選挙では、自由民主党と民主党は個々に選挙戦の戦いを実行するのである。 公明党の連立とは意味が違う *-* 2007年11月 5日 ”風の道草”
30/10/2007 小沢一郎の政治哲学** こんにちは My Space へ ようこそ ( 文字サイズは最大設定で読んでくださいね! )
☆・ My blog information ・☆ 。。。。。
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※- 政治家 ・ 小沢一郎とは ( 2006年12月 )
○ ちょっと、記事が長いと思いますが、そこに小沢一郎がいる
◎ 政治家・小沢一郎の思想から政治哲学を知る上でお勧めです
◎ この対談記事だけでも十分伝わる、「 小沢一郎とは 」
- 「 文藝春秋 」 12月号 : さらば、煽動と強者の政治扇動 -
安倍さんの発言は曖昧 “官邸主導”も見せかけだ
まず、体調はいかがですか。大事な時期の検査入院で、さまざまな憶測を呼びました。 小沢 大丈夫です。 少し疲労を感じたので、これからの戦いに備えてリフレッシュしておこうと思い、全部検査してもらいました。
特に重大なものは何もなかった。安心して動き出したところです。
新総理、安倍晋三さんの印象は。
小沢 僕と安倍さんとは年齢差が十二歳、ちょうど一回り違いますし、安倍さんは僕が自民党を離党して細川政権をつくったときの選挙で初当選しています。 安倍さんのお父さん、晋太郎さんにはとても可愛がってもらったけれど、晋三さんと政治の場で接したことはあまりなかった。すれ違いといえばすれ違いですね。
安倍さんは自民党総裁選のとき、小沢さんのイメージについて「旧田中派全盛時代の人という印象。
古い永田町の代表選手」「自民党幹事長として一九九一年の東京都知事選に磯村尚徳氏を出して負けた人だ」とコメントしています。
小沢 まあ何ということはない。安倍さんより年上だし、安倍さんより長いこと政治家をやっている。 古いといえば古いね(笑)。でも、古いか新しいかは、ここ(頭を叩いて)の中の問題ですよ。
所信表明演説や予算委員会での答弁を聞いたり、党首討論をやってみて、安倍さんが総理大臣としてどうかといえば、正直まだわからない。 何しろ彼の政権は始まったばかりですからね。
ただ、総理になる前は、中身の善し悪しは別にして、元気よくいろいろなことを言っていましたが、なった途端に奥歯にモノの挟まった言い方になってきた。
主張したいことがあるのなら、もっときちんと言わなければならない。
やっぱり総理になると、役人に周りをぐるりと固められてしまうから、どうしてもことなかれ主義になって、適当にその場その場をしのげればいい、と思うようになるのかな。
でもそれも、内外の状況次第でしょう。
外はやはり北朝鮮の問題、中・韓との関係、内は膨れ上がる公的債務、年金など社会保障制度の問題や少子化、格差問題。
彼は大変な時期に総理大臣になったなあ、と思いますよ。
曖昧な新総理の理念 中韓との関係についていえば、総理に就任して直後、小泉政権時に滞っていた首脳会談を実現させ、関係改善への一歩を踏み出していますが。 小沢 よいことですよ。よいことですけれど、彼が本に書いたり、自身で総裁選の場で主張されていた歴史認識、憲法改正の話などは、日中、日韓首脳会談でも、また党首討論の席でもはっきりと言っていない。 そこが問題だと思います。
象徴的なのが、靖国参拝の件です。 「行く行かないについては言わない」と言っていますが、総理ですから常に行動は公に報じられる。行けばわかります。
この「 言わない 」ということを、どんな意味で発言したのか。
また中国もその発言についてはさしたる反応もなく受け止めているようですが、本当にそうなのか。
裏になにかあるのか。そこがなんとも曖昧でわからない。
参拝の是非はともかく、総理大臣であれば物事の理非曲直ははっきりさせるべきでしょう。
靖国の問題はもちろん、少なくとも自らの歴史観、政治哲学、理念をはっきり示さないと、国民はその政治家を信じていいのかどうか、判断ができませんよ。
A級戦犯の戦争責任問題もそうです。 晋三さんがおじいさまの岸信介さんに憧れと尊敬の念を持っていることは本にも書かれていて、その心情は私にも十分理解できますが、予算委員会では「(岸が)東條内閣の閣僚として開戦詔書に署名したことは誤りだった」と言っている。
実際、不起訴にはなったけれど、岸さんはA級戦犯容疑者として逮捕されている。
総理大臣になってもやっぱり、岸さんの戦争責任の問題については持論を譲らないという心理状況なのかなと思っていたら、これもまたよくわからない。
僕の戦争責任に関する認識を言えば、岸さんなど特定の人が、ということではなく、戦争指導者たちはみんな大きな責任があると思っています。 戦争はクラウゼヴィッツの言うように「 他の手段をもってする政治の継続 」であって、人の生命を奪うのだから最終、究極の選択肢です。
しかし、日本の戦争を指導した人たちは、結果として百数十万の同胞を死に追いやり、戦争に負けた。
彼らの「 政治 」は失敗したんです。責任は当然あります。
もちろん、その責任者たちが連合国軍によって裁かれることの当否はまた別の問題ですが、少なくとも当時の戦争指導者はその結果責任を負うべきだと思います。
安倍さんもそこを曖昧にせず、自分の信念に基づいてきちんと発言すべきでしょう。
自らの政治信念や理念、哲学をはっきりと表明することは、政治家として基本中の基本です。 日本が成熟した民主主義国家であるならば、それができない人が総理などにはなれないはずですが・・・。
権力を得るためにはAと言った方が得だからAと言い、いったん権力を手中にしたら、今度は権力を維持するためにはAと正反対のBと言った方が有利だからBと言う。
それが許されるなら、民主政治は成り立ちません。
小泉劇場は“障子いじり”だ 日本はいまだ成熟した民主主義国家ではない、ということですか。 小沢 残念ながらそういうことです。 日本という国の政治を誰に任せるか、というときに、政治家の基本的な政治理念、哲学という次元で勝負がつくなら簡単な話で、それこそが民主主義の根幹です。
しかし日本の場合、理念や哲学ではリーダーは決して選ばれない。
マスコミにしても、政策論争は通りいっぺんの報道で、興味があるのは政局ばかり。
この国の民主主義はまだまだ成熟していないんです。
もちろん、日本だけでなくどの民主主義国家もそういった情緒的なポピュリズムの要素は持ち合わせていますが、日本は特に未熟だと思います。
その特質をうまく利用したのが、小泉政権でした。小泉政権はこの五年間、終始高い支持率を保ちました。
彼は錯覚を起こさせるのがうまい、まさに「 小泉劇場効果 」です。
まず、日本人は「 今まで通りでうまくいく 」のがベストだと考えています。 特に戦後六十年は変化をものすごく嫌ってきた。
しかし冷戦体制が崩壊し、バブルがはじけ、不景気が世を覆い尽くしたときに、心の中では「変わらざるを得ないんじゃないか」という思いが急速に広がってきた。
ただ、その変わる「はじめの一歩」を踏み出す勇気がまだ一つ足りない、というのが現状だと僕は思っています。
そこに小泉さんが出てきて、中身はなにもないのに、「 自民党をぶっ壊す 」 と分かりやすく宣言し、体制内改革によって日本を変えることを主張しました。 そのあたりが、今の国民やマスコミ、特にテレビにとってはちょうどよかったんです。
実態は「今まで通り」だし「 自民党をぶっ壊す 」 と言えば、少しは変わるように見えますからね。
小泉さんは、ときに脅したり、ときになだめ、すかし、あるいは景気のいい話をポンポンと織りまぜながら、国民心理、マスコミ心理を巧みに利用したんです。
これはまさにポピュリズムの典型であって、煽動の政治です。
まともに考えればそのいい加減さ、中身のなさにすぐ気付くはずなのに、それが結果として支持された。実に危険なことだと思います。
僕はここ十数年、それこそ『 日本改造計画 』 を書いたころからずっと、今の日本は幕藩体制の末期に近い状況だと思っています。 日本という家は土台から腐ってきていて、小泉政権が行ってきたような、障子とふすまを張り替えて体面だけ保とうとするような施策ではどうしようもない。
おそらく安倍政権では、この傾向がもっと強くなるでしょう。
どう考えても、倒すべきアンシャン・レジーム(旧体制)なんですよ。
日本におけるアンシャン・レジームとはなんだ、と? 小沢 特に高度成長期以降、日本の政治は富をどう配分するかだけに腐心してきました。 その再配分の権限は、本来政治家のものです。
その時々の優先順位に基づいて予算を決め、政策を決めて実行していく、それはまさに政治家の領分ですよ。
しかし実際は、官僚機構がずっとその役割を果たしてきた。
「 平等 」の大義名分のもとに、バランスをとりながら各省庁が納得のいく答えを見つけ出し、それをそのまま国の政策としてきた。
つまり、戦後日本の内政は役人が動かしてきたし、それは今もまったく変わっていないんです。
ところが、右肩上がりの経済成長がバブル崩壊以降低迷する中で、この官僚主導のシステムはあちらこちらで綻びが見られるようになった。
表面的にいえば、それは自民党政権にも共通認識としてあったのかもしれない。
橋本内閣以降、小泉政権に至るまで行政改革をかかげ、旧体制からの脱却を一見図っているように見えますが。
小沢 いやいや、小泉さんも安倍さんも、すべてその官僚主導の体制を前提として、壁紙張りや障子いじりに終始しているだけですよ。 小泉さんの場合は、そのやり方がかっこよく見えただけのことです。
安倍内閣も、小泉内閣が進めた改革を継承する、と言明している。
首相補佐官制度などは、小沢さんが前々から言っていた官邸機能の強化を実現させたかのようにも見えます。
小沢 確かに僕は『 日本改造計画 』の中でも、わざわざ図示して首相補佐官制度の導入を提唱しましたが、今の安倍さんの仕組みは、僕の言葉と上っ面の形を真似ただけですよ。 結局、あの補佐官一人一人の下に全部役人がつくわけでしょ。
それでは何も変わらない。
政治家がもっと大挙して官邸に乗り込んで、必死で知恵を出し合い、官僚に食らいつく体制でないと、何にもできない。
あれでは逆に、官僚機構のさらなる肥大化を許すことになりかねない。
内閣の陣容を見ても、論功行賞だかお友達だか知りませんが、とにかく役人と議論して、自身の政策をなんとか実現させようと燃えている人間が一人としていないじゃないですか。
それから、小泉さんが役人や官僚組織と対決した、というのは大いなる間違いです。 小泉さんほど役人の言うとおりにしてきた総理はいません。
だって、小泉さんは何にもわからないんですからね。
だからすべて官僚に丸投げ。
実際、道路公団や郵政公社はいったいどうなったのか。
何も変わっていないじゃないですか。
先日、道路公団のトップに会いましたが、「 ◎◎高速道路株式会社社長 」 なんて肩書になっていただけ。
彼は元建設省の役人上がりですよ。
化粧を直しただけで中身は同じなんだ。
そうすると、小泉さんだろうと安倍さんだろうと関係はなくて、自民党政権自体が役人から政治を取り戻そうとはしていないし、できないんだ、と。
小沢 そうなんです。それが歯がゆくて仕方がないんです。 内閣は本来、大きな大きな権力を持っている。 その権力は選挙で票を投じた国民から信任、付与されたもので、すべからく国民のために活用すべきなんです。
ところが日本では、その権力をなぜか、国民が選んだわけでもない官僚が握っている。
僕はそこを何とかしようと思って、自民党の幹事長だった時にずいぶんと頑張ったし、個人的には、かなりの部分で政治家が主導権を握れるようになってきたな、と思えたときもあった。
でも、自民党内はやっぱり、官僚とのもたれ合いが骨の髄まで染みついていて、それ以上はどうにもならなかった。だから外に出たんです。
自民党ではできないけれど、民主党が政権を握れば、僕の主張しているおそらく革命的な改革についても、筋道だった議論の中で役人を説得できる自信があるし、またそれを理解してくれている役人もいますからね。
僕一人のことを考えたら、自民党にそのままいたほうがずっと楽だった。でも、国民の生活、未来を預かる政治家である以上、それはできなかったんです。
格差社会は戦後日本が作った 小泉内閣の「 負の遺産 」 とされる格差社会の進行については。 小沢 この問題も、小泉内閣だけでなく、戦後日本の官僚支配体制、自民党政権の長い怠慢が生みだしたものです。 戦後の日本は、「 護送船団方式 」という言葉もあったように、社会主義国家と見紛うばかりの規制大国でした。 しかし、さきほども触れたように、高度成長期は上から下まで、富がある程度平等に行き渡る条件が整っていたので不満は出なかった。
それが、九〇年代以降、グローバリゼーションの到来によって規制撤廃の動きが高まってきた。僕自身も規制撤廃は必要だと考えています。 しかし、さまざまな規制を撤廃することで生まれる新しい社会構造、経済構造について、役人は新しい仕組みのグランドデザインを描けない。
本来この構造を考えるのは政治家の仕事ですが、いずれにしても新しい仕組み、ビジョンを役所も政治家も考えられないまま、「 世の時流がグローバリゼーションだから 」ということで、かなり乱暴な形で規制緩和に突き進んだ。
特に金融分野を中心に、無原則、ノールールで市場原理を導入した結果、ホリエモンや村上某たちのような歪んだ価値観の勝ち組と、市場原理にはじき飛ばされた負け組を生んだんです。
小泉さんはたまたま、その混乱の時代に登場して、国民受けのする踊りを踊っただけなんですよ。
小泉内閣が「 強者の論理 」を無秩序に推し進めて、格差社会の進行を加速させたことは間違いありませんがね。
では、どうすれば格差を最小限に食い止めることができるのでしょう。
小沢 格差社会の遠因がグローバリゼーションにあるからといって、それを「 アングロサクソンの策謀だ 」と、負け犬の遠吠えのように言っていても仕方がない。 波は世界中に押し寄せてきているのだから、むしろそれを奇貨として、日本がその波の中できちんとやっていける体制をつくればいい。
規制撤廃と自由競争は、原則として必要です。 しかし、大多数の人たちが安定して、また安心して暮らせなければ国家は成り立たない。
そのためのセーフティネットを一般労働者、農業、中小企業等々、ありとあらゆる分野に張りめぐらせる必要がある。
僕は日本では、その二つを両立させることができると思っています。
日本人は悪い意味でいい加減、いい意味で器用(笑)。きっとうまい仕組みを考えますよ。
逆に役人の世界は、セーフティネットが整備されすぎている。 年功序列と終身雇用に手厚い補助、さらに天下り先まで至れり尽くせりです。
国民の間で不公平感が募るのも当然ですよ。
官も民もリーダー層にはきちんと自由競争原理を導入すべきです。
上に行きたいならリスクをとって自らの力で競争に挑め、と。
そうしないで「私は課長ぐらいでいい、安心して仕事をしていきたい」というのであれば、それでも働き続けていけるシステムにすればいい。
第一、このままのシステムでは、役所でも民間でも傑出したリーダーは生まれません。 日本は欧米に比べて、平均的には知的にも技術的にも非常にレベルが高い人材が多くいるけれど、ことリーダーシップについていえば、いわゆる上澄みの層は欧米にはかないません。
なぜそういった人材が生まれないんでしょうか。
小沢 「 和を以て貴しとなす 」という世界では必要なかったのだと思います。 出る杭は打たれる、と言うでしょう。そもそも日本は歴史的にずっと豊かだった。
織田信長の頃は急速な経済発展を遂げていて、当時のヨーロッパとは比較できないほど大きな経済規模になっていたし、生活水準も高かった。
古代のころは、ヨーロッパとの差はもっとあったようです。
いつでも「 みんなで分けて食べれば生きていける 」環境にあったから、まあまあケンカはするな、ということだったのだと思います。
格差社会が進んでいても、それを他人事のように眺めている人が少なくない。
それは現時点で誰もが一応「食えている」からです。
ニートが増えているということは、逆に「 何もしない若者たちも生きていられる 」ということでもある。
上の層の競争はおおいに結構ですが、今は社会構造の歪みがあらわになって、不満が渦巻いている。
小沢 そうです。非正規雇用の労働者が三人に一人の割合になりましたよね。 確かに経済合理性は、営利活動を行うときにはどうしても無視できない要素です。
でもそれだけだと、企業マインドはどうしても歪んだ方向に進んでしまう。
僕は最近、経営者の人たちに「あなたは、いつでもクビにできて賃金の安い非正規雇用の方がいいと思っているかもしれないが、会社への忠誠心や一体感といった日本的経営のよさは、それで完全に失われてしまうぞ」と言っています。
労働組合もそう。どうせこの流れは止められない、とあきらめ顔の組合幹部が多いので、「今こそあなたたちの出番だろう。
労働者の当たり前の権利を主張する時じゃないのか」とお尻を叩いているところです。
最近、小沢さんは自らの政治理念を語るときに「 共生 」という言葉をよく使いますね。
格差社会が深刻化するにつれて、さまざまな場面で聞かれるキーワードですが、小沢さんの言う「共生」とは一般的にいわれるそれとは少し意味が違うように思います。
小沢 さまざまな人たちがともに生きていける社会としての「 共生 」はもちろんですが、私は、日本人はそれにとどまらず、もっとレベルの高い「 共生 」を目指すべきだし、 またその力を本来的に持っている、と思っています。
基本とすべき社会の形は、国民が一人一人、個人として自立している社会です。
そういった自立社会を実現した上で、その先の日本の役割を考えたときのキーワードは、おそらく「平和」「環境」でしょう。 平和とは何かといえば、諸国家、諸民族の「共生」であり、環境は自然との「共生」です。
こういった発想は、キリスト教を基調とする欧米文明からも、イスラム圏からも、なかなか出てこない。 彼らにとっての宗教的対立は恐らく不可避なものでしょう。
その点日本人は、さきほども指摘しましたが、ものすごくいい加減で、融通無碍。
八百万の神がいて、死ねばみんな神様、仏様になる(笑)。
宗教間・文明間の対立を偏見なく解決できるのは、おそらく世界の中でも日本人だけじゃないか、と思うんです。
勝算はわれにあり 高い次元での「 共生 」を目指したいと。 小沢 そうです。ただ、いくらいろいろ考えても、野党の立場じゃ何もできない。 自ら政権をとるしかないんです。
僕はよく皆さんに 「 現状で満足しているんだったら、自民党に一票入れてください。
現状じゃだめだと思うなら、われわれに一票入れて、政権を一度やらせてください。
もし僕がいま主張していることを実現できなかったら、すぐに自民党に代えればいい。
それが民主主義じゃないですか 」 と言うんです。
政権を担当したことがないから、「 あなたたちにはできない 」 と言われても、どうしようもありませんよ。
もちろん勝算はあると思っています。 そう思う根拠は二つあります。 一つは、小泉改革なるものが国民の支持を得たことです。
内実は何もなかったけれど、「変えなければ」という国民全体の意識があったからこそ、ああいった体制内改革の看板が支持されたのだと思います。
もう一つは選挙の票です。
二年前の参院選で民主党は自民党に勝っている。
それから、昨秋の衆院選では「 改革を止めるな 」、「 郵政民営化 」ブームの中で民主党が大敗を喫しましたが、大敗は小選挙区制度のせいです。
実質の総得票数は自民党の三二五一万票に対して、民主党は二四八〇万票で、前回の票とほとんど変わらない。
票は減っていないし、自民党との差も全体票の中では一〇%ほどの開きしかない。
小泉劇場の観客の分が向こうに上積みされただけであって、あれほどの逆風の中だったにもかかわらず、大した差じゃないんです。
日本人は変わることに対して大変臆病なんだと思いませんか。
小沢 恐れもあるでしょうし、これも幕末と同じ状況だと思うけれど、幕末の人々が「 徳川の太平の世が潰れるわけがない 」と思っていたように、今の日本人も「自民党政権が崩れるわけがない 」と思い込んでいる。 でも僕はね、この国は明治維新をやった国だ、そういう回天の事業を成し遂げる勇気をもった国だということもまた知っている。 そこに期待をつないでいるんです。
幕末、黒船がやってきて、幕藩体制が外からゆさぶられ、欧米列強の植民地になってしまうおそれもあったのに、その危機にあたって、 あれだけの人材が出て維新を成し遂げたのだから、日本人の本来的な能力は、決して保守的でも閉鎖的でもないし、消極的でも臆病でもない。
民主党がもっとわかりやすく、国民が納得でき、安心できる、将来の見える基本政策を打ち出すことができれば、僕は選挙で間違いなく勝てるし、政権交代も実現できる、と思っています。
とにかく、幕藩体制を潰さなければ、何も始まらない。
公武合体では近代日本は生まれなかった。
尊皇攘夷から尊皇倒幕に転じて初めて文明開化の世が来た。
いまの日本も同じなんですよ。
十月には二つの選挙区で補選がありました。結果は残念なものでしたが。
小沢 今回は新総理誕生と北朝鮮の核実験という、自民党への追い風が吹いていて、負けはしましたが、悲観はしていません。 今後に希望を持てるいい戦いをしたと思う。我々の努力しだいです。
例えば四月の千葉七区補選では、大方の予想を覆して勝利を収めました。
ウチの議員は議論好きが多いから、会議が多いし長い。
そこで僕が「会議はやめて現地に行こう」と言ったんです。
一票でも、足を使って取りにいこうじゃないか、と。
みんな最初は「 なんで?」と思ったようです。
でも、結果が出たのだから、「 みんなの力を結集すればできるじゃないか 」という雰囲気が出てきた。
ただ失礼ながら、私の民主党議員の印象は高学歴で優秀、しかし現場で泥臭く生活者と四つに組んで世の中を変えていこう、という迫力に乏しいように思います。
小沢 そうなんです。 その点自民党は、もう土下座しようが何しようが必ず選挙に勝ってくる、地元の人に寄り添うようにして粘っこく一票を拾う、という執念があるでしょう。
それを学べというんです。
ところが、昨年秋の衆院選で落ちて、すぐに他のどこかに就職した人が二、三人いた。
それだけ優秀、ということかもしれないけど、もし本当に政治家をやりたいのなら、一期や二期は泥にまみれる執念があっていいと思う。
さて、来年七月の参院選は、小沢さんにとっても、安倍さんにとっても勝負のときとなります。二十九の一人区のうち、いくつとることが目標ですか。
小沢 参院選は、一人区が二十九あるうち、前回獲得できたのは十三。 今回は二十選挙区以上で勝負できる態勢を作って、最低限過半数の十五議席はとらなきゃならない。
そうすれば、十九ある二人区で一人ずつはとれますから、合わせて三十四議席。
さらに比例区で最低十五、六議席とることができれば、もうそれで五十を超える。
改選前が三十一ですから、ウチが二十議席増えて自民党が二十議席減れば、それで与野党逆転です。
もちろん、安倍自民党は今のところ支持率も高く、決してあなどれない。 やはり政権党は現実に権力を持っているし、「 お上信仰 」が依然として強い中で役所の全面サポートを受けるから強い。
彼らはいい加減な言葉を掲げても選挙ができます。
けれども、こちらはやはり、本当の中身のあるスローガンを掲げなければならないから、遥かに大変です。
でもね、絶対にいけると思っているんです。 特に一人区は郡部を抱えた県でしょ。その郡部で今までずっと自民党を支えてきた人たちこそ、いま一番格差に苦しみ、将来を不安に思っているんですね。
主として農林漁業などの一次産業。
零細な地場産業の担い手です。
彼らが格差社会の負の部分の直撃を受けていて、今の農政や産業政策に大きな不満を抱いています。
また、医師会をはじめとする各種団体など、自民党の支持基盤も相当ゆらいでいます。
僕は今、農協などの団体回りに力を入れています。 ウチの議員の多くが 「 どうせあそこは自民党支持だから、行っても無駄だ 」と足を運ばないので、あえて老体にむち打って出向いているんです。
確かに各種団体のトップは自民党を向いているけれど、一般の団体員はそうではない。
個人、団体を問わず、どんどんアプローチしていけばいいんですよ。
四月に党代表に就任されたときに、ビスコンティの映画『山猫』のバート・ランカスターの言葉を引用されましたね。
民主党も自身も含めて「変わらずに生き残るためには、みずから変わらなければならない」と。
小沢 そうです。生き残らなければならないのは民主党や僕自身だけじゃない。 日本が生き残るためには、自ら変わる勇気を持たなければならない。
「 変わる 」ことはつまり、我々が政権を握ること、政権交代を実現させることなんです
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長い記事を読んでいただきまして、誠にありがとう御座いました
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”風の道草” -景趣-
25/10/2007 対談を終えて**
※- 取材を終えて ( 2006年11月 ) 浅川博忠(・ひろただ )
今年の夏、参議院選挙が行われた。 この記事は昨年の暮れ小沢一郎氏と会談した浅川氏の取材後の感想文です。
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私は小沢一郎氏と同じ年に生まれ、通った大学も同じである。
そして奇しくも小泉純一郎氏とも同年齢、同大学である。だから若いときからこの2人に注目してきた。
自民党幹事長時代の小沢氏は、傲慢と言われた時期もあったが、10年以上に及ぶ臥薪嘗胆も経験した。
そして今やっと、野党第一党の党首の座を得るに至った。そのせいか、自ら唱えたように、人柄を変えたがごとく努力をしている。
来夏の参院選に勝負をかける彼は一人区での大勝利を目指している。
自民党造反議員となる鳥取県の川上義博氏の民主党入党も決定された。
選挙に強いと称される小沢代表の全日本行脚はこうした成果を収めるために今日も続けられているのである。
インタビューでは、同党の広報担当が「代表がこんなに柔和な顔で話すのを見るのは久しぶりだ」と語っていた。
人として丸み・深みを帯びながら、党内をまとめようと懸命に努力する彼の姿勢に、党内の人望がどこまで増大していくか、あるいは継続していくか、多くの日本国民が注目している
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2007年10月25日 ”風の道草”
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